1981.7.8 11:22 Wednesday 生を授かる

予定では、もう少し遅かったようです。
早朝、「本日、昭和56年7月8日は、5・6・7・8ととても縁起が良い日です」と言う言葉を徳光さんがテレビの中でおっしゃっていました。
それを信じた母は、力んだのです。
すると、神通力により、陣痛が…。
午前11時22分、私は産まれました。

予定よりも早く出てしまったせいか、発熱を起こし、1ヶ月ほど保育器に入ってしまう事に。
また、心臓に影がある、との事で家族からはとても心配をさせてしまうという、波乱のスタートとなりました。

本家(父方祖父の家)の私の部屋には、ぎっしりとオモチャやおしめ、乳児用の品が揃っていましたが、当の本人は保育器の中。
もしかしたら…もしかしてしまうかも…と家族の雰囲気は良くなかったそうです。

一ヶ月が経ち、無事に本家に帰る事が出来た私は、初めての男の子(父方の従姉妹は全て女性)だった為、ものすごく愛情いっぱい、過保護に育てられました。

この時点では、人生がどう転がっていくのか…彼は気づいていない。

昭和の匂いがプンプンします。

手のかからない良い子、というのは私の為にある言葉…なのでしょうか(笑)
一人遊びが大好きだったようです。

車がめちゃくちゃ好きでした。

時には、女の子のように扱われました。

霊が写っていてもおかしくない雰囲気。

小型犬のくせに、毎回、鼻で押し出してたとのこと。

すくすくと、長男の宿命を背負いながら、育っていきました。

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